カットモデルになりかけた話
ある日タマ・チャンは女性に駅で突然声をかけられた。
聞いてみれば、髪の毛を切らせてくれる人を探していたそうだ。
髪型を変にされるリスクに怯えながらも、タダという言葉に惹かれてタマ・チャンはその願いを聞き入れた。
これが世に言うカットモデルなのか、とタマ・チャンは考えた。
前も原宿でバチクソお世辞言われながら声をかけられたことがあったため、タマ・チャンはなんとか動じないフリができた。
が、イマドキオシャレ女子の髪型にされるのではないか、インスタに晒されるのではないかという緊張感は拭えなかった。
当日訪ねた美容院はドチャクソおしゃれだった。
タマ・チャンは場違いだった。
田舎から出てきたモンが立ち寄れる場所じゃねえ、けえってこい、とおばあちゃんの声が聞こえてきた気がしたけど、タマ・チャンのおばあちゃんはそんな喋り方をしないので人違いだった。
営業時間後の美容院に入ったのは初めてで大変興味深かったが、担当の方が急いでいらしたので観察したい気持ちを堪えてタマ・チャンも急いだ。
散髪中は恐ろしく暇だった。
かけてもらうケープ的なやつに袖がなかったため、タマ・チャンは終始することがなかった。
携帯を握りしめていたにも関わらず出すことが出来ず歯がゆい思いをした。タマ・チャンに出来ることは二の腕の痒いところを掻くことぐらいだった。
ケープをかけてもらった時、あぁん!袖のないタイプゥ!?と大きな声で危うく言うところだった。
そして袖に腕を通そうとしたムーブを必死に誤魔化した。
タマ・チャンは暇すぎてその美容室の美容師さん達が似ている芸能人を探すゲームをした。
声をかけてきた女性美容師の方はEvery Little Thingの持田香織をディズニーに出てくる悪役風にした感じの方だった。
その隣にいた美容師さんはIMALUとビリーアイリッシュを複雑に絡み合わせた感じの方だった。
その後ろで見ていた眼光鋭い先輩美容師の方はオシャレな遠野なぎこだった。
その後ろの後ろにはタイムマシーン3号の痩せてる方みたいな方もいた。
正直遠野なぎこはすごく怖かった。
と言うより威圧感があった。ずっとこちらを見ていた。
タマ・チャンは出来ることならもっとリラックスしたかったけれど、これもカットモデルの宿命だと割り切った。プロ意識の塊である。
そういえば、途中何故かタマ・チャンの後頭部あたりを見てなぎこが笑っていたのだが、あれはなんだったのだろう。
タマ・チャンの後頭部に何が起こっていたのだろう。
1人で笑うだけでなく、タイムマシーン3号にも話しかけてこちらを見ながら笑っていたから相当おかしかったのかもしれない。
結局なんだったのかなぎこの口から語られることはなかった。
そのアドバイスは素人には驚くほど細かく専門的に聞こえたので、ほぉ.......と感心していたらなぎこに笑われた。
タマ・チャンのリアクションがピュアでキュートだったに違いない。
散髪が完了したタマ・チャンは直帰だった。
写真を撮られるようなことはなかった。
その瞬間抱いていた緊張感はやり場もなく消えていった。
タマ・チャンに残されたのはさっぱりした髪型だけだった。
タマ・チャンは考えた。
元から写真を撮る気はなかったのか、それとも写真を撮るに値しない出来栄えだったのか。
確かにタマ・チャンは散髪中に思った。
おっと、これは顔が幼すぎるな、と。
参考画像の女性はクールでビューティーだったのだが、鏡の中のタマ・チャンはユニークでファニーだった。(ちなみにタマ・チャンは実の父親にユニークな顔呼ばわりされたことがあるので、相当ユニークでファニーな顔をしている。)
持田香織はふんわりまとめてくれていたのだが、その丸みが完全に仇となっていた。その時のタマ・チャンにあだ名を付けるなら間違いなくちびまる子ちゃんになっていただろう。
タマ・チャンは反省した。
自分がもう少し大人びた美しい顔ならば、持田香織を満足させてあげられたに違いない、と。
同時に後悔した。
何故今日までに自分の美意識を高めてこなかったのだろう、と。
そしてこう思った。
もしそうしていれば、タマ・チャンは世界が認めるカットモデルになっていたかもしれない、と。
それでも、タマ・チャンは得をした。
タダで髪の毛を切ってもらうのみならず、なんなら以前行った美容室よりも素敵な髪型にしてくださった。以前行った時は大学に行くのを恥じらうレベルの髪型に仕上がったし、美容師さんに初対面なのにクソ舐められた。が、今回は丁寧な対応と素敵な仕上がりだった。
間違いなく今回の美容室にお金を落とすべきだったとタマ・チャンは感じている。
持田香織は終わったあとも丁寧にLINEをくださった。
ところが、タマ・チャンには見落とせない一文があった。
「またぜひ可愛くなりにきてくださいね😊❤️❤️」
これは軽いdisである。きっと無自覚なのだろう。無自覚は時として残酷に人間を叩き潰す。この文はタマ・チャンがまるで元々は可愛くなかったかのような言い回しではないか。
タマ・チャンも女の子なんだぞ!確かにちょっと顔はユニークでファニーだけど、愛嬌があってキュートな一面もあるんだからね.......っ!と危うくタマ・チャンの中のツンデレ少女が出てくるところだった。
けれども、タマ・チャンに声を上げる資格はない。
何故なら無料で髪を切るという恩恵を受けたし、確かに髪の毛を切って少しキュートになっているからだ。
人生は無情である。与えたものが勝ち、与えられたものが負ける世界なのだ。
タマ・チャンは「はい、ありがとうございます!!」とだけ返信した。
その文の裏に隠された密かに痛む傷は誰も知る由もない。