ディベートの話
タマ・チャンはディベートが苦手だ。
英語でディベートをするという授業を今学期取っていたのだが、本当に地獄でしかなかった。
苦手×苦手=苦手²なのに上手くいくわけがない。ここで平方根として ±苦手 を求めて何らかの都合により −苦手 が解になって −苦手=+得意 みたいな方程式が導けたら上手くいくのかもしれなかった。ちなみに今編み出したのはキモ数式である。地味な理系アピールをしようとしたら大失敗した。
前々回の授業は煉獄地獄大地獄だった。
テーマは「死刑制度を廃止すべきである」で、タマ・チャンは否定側だった。
悲劇はチームメンバーの欠席から始まった。2人いたメンバーの欠席をタマ・チャンは授業開始5分前に知った。
そしてなんの根拠も見込みもなくとりあえず「任せな😝❣️」と返事した。
任せてもらえる程の技量もない女がよくそんな任せてなどと抜かしアホみたいな絵文字を添付できたな、と我ながら感心してしまう。
アカデミックディベートがゆえのガチガチに堅い論題だったため、それなりにタマ・チャンも準備して行ったのだが別に準備したからと言って自信があるわけではなかった。
しかし幸いながら前回の授業で欠席していた子が一緒にやってくれることとなり、タマ・チャンはぼっちディベートを免れた。
確かによくよく考えたら1vs3のディベートなんていじめの域である。いくら口喧嘩が最強で有名なタマ・チャンでも嫌になってしまう。
それでもタマ・チャンを襲う悲劇は留まることを知らなかった。
立論まではよかったのだ。タマ・チャンはたどたどしい英語と不要なジェスチャーで死刑制度を存続するべき理由を一生懸命述べた。
問題は反駁の時だった。
ペアになってくれた子がド流暢かつ矢継ぎ早に相手側に反論し始めたのだ。
隣で聞いていたタマ・チャンからしたら4D大迫力演説である。普通の教室にいたはずなのに池袋のグランドシネマサンシャインにいるかのような錯覚に陥ってしまうほどだった。ちなみにグランドシネマサンシャインに行った記憶はないから想像で話している。
能ある鷹は爪を隠す、とは言うが隠しすぎである。そんなにディベートが得意なら「ディベートが得意です」と名乗って欲しかった。もしくはディベートが得意な人のオーラを醸し出していて欲しかった。
タマ・チャンはそんなディベートが得意な人の前で下手くそな立論を披露した自分を深く恥じた。数分前までは1人でもやってやるぞと意気込んでいたのにも関わらずいつの間にか足手まといになってしまい肩身が激狭だった。
彼女の前で発言することが恥ずかしく申し訳なくなってしまったタマ・チャンはもう喋ることをやめた。
ただ頷き微笑むことしかしない女へと変化したタマ・チャンは、まるでディベートをやっているとは思えない穏やかさの中にいた。
そこから先は長かった。
どれだけ黙っていたのだろうか。
それはそれは長い沈黙だった。
「え〜、ディベートやってた〜?」
これがディベート後やっと口を開いたタマ・チャンが発した言葉である。コミュ力高い女が初対面でするような質問しかタマ・チャンにはできなかった。
聞いてみると彼女は以前ディベート部だったらしい。プロの前でアマにも至らぬひよっこがしゃしゃれるはずがない。
あんなにすごかったのに彼女は自分の演説に納得いっていなかった。タマ・チャンは彼女の向上心に感服するとともにいたたまれない気持ちになった。
彼女が30秒で喋れることをタマ・チャンは3分かけて喋っていたのだ。不愉快なジェスチャーとともに。
「あ〜!だからか〜!いやぁ、びっくりしちゃったよぉ!」などと先まで沈黙を貫いていた女とは思えないような明るい返事をしながらタマ・チャンは次の授業へ向かった。儚い落胆と申し訳なさを隠して。